瀬々敬久監督インタビュー
director interview
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―― 原作に感じられた魅力から教えてください。
僕は馳星周さんのことはノワール作家だと認識していましたが、その一方で愛犬家だったり、最近は競馬の小説も書かれていたりする。おそらく動物がとても好きなんでしょうね。そういった意味ではノワール作家であると同時に、非常に心優しいヒューマンなものを書けるということが両立できている稀有な作家さん。「少年と犬」はまさにそうだなと。登場人物の設定は基本行き場のない人たちで、どちらかと言うとノワール寄りですが、そんな人たちが多聞という犬と触れ合うことで変わっていく小説。その面白さをすごく感じました。―― 原作は短編集ですが、それを1本の映画に落とし込むための工夫や意識されたことは?
この形に至るまで紆余曲折はありましたが、ベースにしたのは取り返しのつかないことをしてしまった2人の男女=和正と美羽が、その後どう生きるかというテーマです。僕が入る前に平野隆プロデューサーと脚本の林民夫さんの間でそこを主軸にしようとなっていました。今って一度失敗をするとSNSなどで徹底的に叩きのめされて、なかなか立ち直れなくなっている時代です。ある意味寛容さがなくなってきている時代の中で、間違いを犯した人たちがどんな風にしてもう一度生きていくことができるのかということは描く。若い人を真ん中に置くべきだとは思っていたので、あの2人を主人公に設定するのはいいなと思いました。結果原作とは設定などは変えさせてもらいましたが、馳さんからは一切何も注文はなかったです。ここまで何も言われなかったのは僕としても初めての経験でした。―― 多聞なしでは成立しない映画でもあったと思いますが、演じたさくらはどんな犬でしたか?
僕も犬の映画はいっぱい撮っていますが、ダントツで利口な犬でした。トレーナーさんが優秀だったのもあると思いますが、それにしてもすごかったですね。動物映画につきものの、苦労らしい苦労はほぼなかったです。原作の多聞はシェパードと和犬のミックスという設定ですが、映画の多聞(さくら)はシェパードで警察犬として出動していた事もある犬なんです。実はさくらに決まるまではバタバタといろんなことがありまして、クランクインの2週間前にさくらの出演が正式に決まったのですが、それも含めて本当に奇跡のような犬でした。―― 高橋さん、西野さんとのお仕事はいかがでしたか。
高橋さんが最初の頃少し戸惑われていたのは、和正のおバカなところ。あまりにも考えなしに行動するところが、このようなシリアスな面もある作品の場合は違和感があるんじゃないかと思っていたようです。ただ僕らの世代でいうと松田優作さんや萩原健一さんのような、おバカで考えなしだけど不思議にチャーミングみたいなヒーロー像ってあるんですよ。高橋さんには「チャーミングにやってほしい」と伝えたのですが、チャーミングというワードを最近はあまり使わないようでそこは世代のギャップがありました(笑)。でも撮影が始まると僕が求めていたチャーミングさを見事に体現してくれたし、すぐに役をつかんでくれた感じがありましたね。
西野さんは、気付けばそのシーンの中にスパッ!といる俳優さん。こちらが用意した舞台の中に、躊躇なくスパン!と入ってきてくれるというのかな。昔の梶芽衣子さんを思い出しました。どこか昔ながらの古風な女優さんの匂いがあって、僕としては元アイドルというイメージは全くなかったです。ご本人的にはもしかすると内心躊躇や迷いもあったのかもかもしれないけど、それを一切出さない思い切りの良さを感じましたね。―― 和正と美羽が美羽の妹の結婚式に参加し、飛び入りで生歌を披露するシーンが印象的でした。
あそこは完全にお2人のグルーヴですね。こちらから細かく説明することは全くなく、3カメラ体制でお2人の歌っている姿をただ撮るという。普通の歌唱シーンってあらかじめ声だけ撮って、撮影は口パクだったりするんですが、あれは全部生歌です。ドキュメンタリーと同じ手法ですが、2人とも非常にいい表情をしてくれています。―― 監督が特に印象に残っている撮影シーンはありますか?
雪が残っているうちに山中で車がエンストするシーンを撮らなければならなかったので、実はあのシーンは高橋さんと西野さんが二人で絡むところとしては初日でした。すごく難しいシーンから入ってもらって申し訳なかったですが、お2人ともそんなことは感じさせないほど見事に演じてくれてありがたかったです。あとはやっぱり海辺でのラストシーン。ものすごい強風が吹き荒れていて撮影を中止にしようか迷ったほどでしたが、撮影していた30分間だけピタッと風が止んだんです。多聞の存在含め、今振り返れば奇跡のようなことがたくさんありました。ちなみに湖に入っていく美羽を和正が止めるシーンは、琵琶湖でロケをしたのですが、多聞は水が大好きなので本当は一緒に入りたくてたまらなかったと思います(笑)。―― 多聞のじっとする芝居も多々ありましたが、そこも苦労はなかったのでしょうか?
多聞はじっとする芝居がとても得意なんです! 横になる芝居も難なくこなしてくれたのですが、目を閉じることだけはなかなかできなかった。だから実際に多聞を優しく撫で続けて、スヤスヤ眠っているところを撮影しています。―― 美羽が偶然出会った少女に自分の物語を語っていくという、映画オリジナルの展開に込めた想いもお聞かせください。
この作品は誰かが誰かに口頭で伝えていく物語だと思うんです。語りの重層性がこの映画の独特さを生んでいると感じますし、震災の話などはまさにこれから語り継いでいかないといけないことだと思う。今の子供たちは震災のことを知らないし、実感もない。それを大人たちはどう伝えていけばいいのか―― 。そんなところから始まった物語でもある気がしています。「こんな物語があるよ」というところからスタートさせたのも、その意図からですね。是非ひとりでも多くの方に、この物語が届くことを願っています。