プロダクションノート
production notes
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馳星周の「少年と犬」が単行本として発売されたのは2020年5月15日。その年、この小説は直木賞に輝いた。
単行本で読んでいた平野隆プロデューサーは映画化に向かって動き出す。映画化権を獲得、翌年クランクインが控えていた『ラーゲリより愛を込めて』でも組んでいる脚本家、林民夫と台本作りを始めた。『ラーゲリより愛を込めて』が公開された2022年、瀬々敬久監督に正式にオファー。
『糸』から続く 平野×林×瀬々のチームがみたび実現した。
単行本で読んでいた平野隆プロデューサーは映画化に向かって動き出す。映画化権を獲得、翌年クランクインが控えていた『ラーゲリより愛を込めて』でも組んでいる脚本家、林民夫と台本作りを始めた。『ラーゲリより愛を込めて』が公開された2022年、瀬々敬久監督に正式にオファー。
『糸』から続く 平野×林×瀬々のチームがみたび実現した。
「『ラーゲリより愛を込めて』も『少年と犬』も登場人物は市井の人で、時代や社会に翻弄されている。本作では、心に傷を負った人のもとに犬が訪れ、犬との出会いで彼等は再生される。
自分を取り巻く環境によってなかなか光が見えない人が沢山いると思うんです。傷ついていたり、未来が見えなかったりという人に何かしらの希望を、一歩でも前を向いて歩けるような映画を作りたい。それがスタートという意味では『ラーゲリ〜』と本作は僕にとって同じ位置付けかもしれません。本作は犬が主人公でもあります。馳先生が書かれているように『人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にいない』と僕も思います。この物語の中で、犬が人間に希望を橋渡しする光になればと思い製作を始めました。」
自分を取り巻く環境によってなかなか光が見えない人が沢山いると思うんです。傷ついていたり、未来が見えなかったりという人に何かしらの希望を、一歩でも前を向いて歩けるような映画を作りたい。それがスタートという意味では『ラーゲリ〜』と本作は僕にとって同じ位置付けかもしれません。本作は犬が主人公でもあります。馳先生が書かれているように『人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にいない』と僕も思います。この物語の中で、犬が人間に希望を橋渡しする光になればと思い製作を始めました。」
平野プロデューサーは企画への想いをそう語る。
原作は7篇(単行本時は6篇)の連作小説。映画では「男と犬」「娼婦と犬」を軸に「老人と犬」も交え、表題作「少年と犬」をフィナーレとした。
「犬の旅を縦軸とし、和正の物語、美羽の物語、そして二人の物語が始まり、少年へーという構造を林さんと作り出すまでに時間がかかりました。さらに瀬々敬久監督から『生命の物語』としての大胆なアイデアが。そのことは結果的に、物語上では会うことのない老人と美羽を和正が繋げるという役割を果たしたと思います。」



クランクインは2024年3月4日。ちょうど映画公開の一年前のことだった。
コンビニで和正と多聞が出逢う序盤の場面から始まった。
主演、高橋文哉が和正像を掴む大切なシーンだったと振り返る。
コンビニで和正と多聞が出逢う序盤の場面から始まった。
主演、高橋文哉が和正像を掴む大切なシーンだったと振り返る。
「物語が厳しい世界観の中で展開される為、和正は天然で親しみやすいキャラクターにしたいと台本でも心掛けました。一方でこの物語は和正の成長譚でもある。美羽や多聞と出逢い、別れ、そして・・・。高橋くんにはチャーミングで振り幅の大きな芝居をしてもらいたいと思っていました。高橋くん自身はものすごく真面目で一生懸命な方。一本木なところが芝居にも出る。『もっと肩の力を抜いて』と瀬々監督は当初よく言っていました。」
平野プロデューサーが高橋文哉と初めて接したのは『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ファイナル』の撮影時。「ラブコメでも殺気のある芝居をする。彼がいると現場の張り詰めた空間が輝いて見えた」と太鼓判を押す。
「彼が新たな挑戦をする時にはぜひ御一緒したかった。彼も非常に強い想いでこの映画に賭けてくれた。和正ってイノセントだと思うんですよ。そして高橋くんもイノセント。もともと、ピュアで真っ直ぐ。恨みとか怒りとか、そういうものを持たない人のように私には見受けられました。和正は本来なら、感情移入しにくい主人公。雇われとはいえ、窃盗団の一員で犯罪者ですからね。でも、高橋君が演じると、何故か自然と、人生にはそんな局面もあると思えてくる」

そして、多聞を演じるのは、名犬さくら。
「日本中を探しました。結果として様々な条件下で多聞を演じられるのはさくらしかいなかった。代役の犬はいなかったので撮影の最初から最後まで本作最大の心配事でした。撮影を重ねるうちに芝居の安定感も増して、何を求められているのかわかっている印象でしたね。役者に懐いてくれたことも大きい。高橋くんも、西野(七瀬)さんも犬の扱いに慣れていましたから」
「日本中を探しました。結果として様々な条件下で多聞を演じられるのはさくらしかいなかった。代役の犬はいなかったので撮影の最初から最後まで本作最大の心配事でした。撮影を重ねるうちに芝居の安定感も増して、何を求められているのかわかっている印象でしたね。役者に懐いてくれたことも大きい。高橋くんも、西野(七瀬)さんも犬の扱いに慣れていましたから」




撮影はオールロケーション。その結果、臨場感が生まれている。平野プロデューサーがこだわったのは季節感。3月から5月にかけて撮影したことで、冬、春、初夏の風景をカバーできた。
「震災を描く上で、熊本や仙台の現地でロケするのはデリケートな問題がありました。琵琶湖は原作にもあり、ここでしか撮れないと思いました。犬が旅をする物語として、東北から九州へと南下する移動がわかりやすく描けると考えたからです。それにしても琵琶湖は素晴らしい。びっくりするほどフォトジェニック。すごく透明感のある空気で、映画映えしますね」
かくして、入水する美羽を和正と多聞が止める名シーンなどが絶妙の映像となった。だが、天気が変わりやすいのも琵琶湖の特徴。和正と美羽がAKB48「へビーローテーション」を熱唱する、見晴らしのよい結婚式の場面は、前日ドカ雪に見舞われ、スタッフ総出で雪かきしてなんとか場を整えた。その日も曇っていたが、午後、奇蹟的に晴れ、ごく短時間で撮影。高橋、西野の瞬発力、集中力があったからこそリアライズした印象的なシークエンスである。

撮影順は、映画の構成同様、和正のパートを撮り、美羽のパートを撮り、二人のパートを撮り、最終的に少年のパートへ。
西野七瀬の撮影初日は、なんと美羽が罪を犯す衝撃的なシーンから。かなりハードな撮影だったが、ここで「罪を背負うこと」が、その後の芝居に活きた。
「西野さんは、表情一つ一つが細部にわたって素晴らしいんですよ。『狐狼の血 LEVEL2』を観て、今回の役をお願いしたのですが、これほどまでに心を動かされるとはとは思っていなかった。本作は西野さんの記念碑的作品になるのではないかと思います。美羽も感情移入しにくい主人公かもしれません。でも、西野さんの美羽や高橋くんの和正を見ていると、僕はなぜか愛おしい気持ちになってくるんです。
自分の置かれた環境によって、どうしようもなく歩まざるを得ない人生がある。全員が全員、選ばれし者じゃない。だから、この映画をやろうと思った。みんな、もがきながら生きている。二人はその象徴なわけです。失敗しても立ち上がることができる世の中であって欲しい。高橋文哉と西野七瀬は、そのことを若々しい力で感じさせてくれました」
自分の置かれた環境によって、どうしようもなく歩まざるを得ない人生がある。全員が全員、選ばれし者じゃない。だから、この映画をやろうと思った。みんな、もがきながら生きている。二人はその象徴なわけです。失敗しても立ち上がることができる世の中であって欲しい。高橋文哉と西野七瀬は、そのことを若々しい力で感じさせてくれました」


瀬々監督とは『糸』のはるか前から、数多くのコラボレーションを続けてきた平野プロデューサー。「これが集大成かもしれない」と言う。
「25年近く一緒に映画を作ってきました。もちろん、これからも一緒に作品を作りたい。でも、これが集大成かもしれない。行き着くところは、ここ『少年と犬』。『糸』から『ラーゲリ〜』と続く流れの中で、ラブストーリーの解釈が個から人間讃歌へ向かって行ったと思います。そして今回の説話構造は少し複雑。ただ、この構造がたとえ理解できなくても、伝わってくるものは強固だと思うんです。そこが瀬々監督の演出だという気がします。複雑な時系列でさえもパワーにしている。これまで観たことのない不思議な魅力を秘めた映画になったと思います。徹底的に議論し検証した結果の構造であり、物語であり、それが四半世紀に渡った共同作業の集大成になったと思います」

西野七瀬はクランクアップコメントで、泣きながらスタッフに感謝を伝えたという。普段はクールにも見える西野の涙に平野プロデューサーも驚いたと言う。その言葉は途中から美羽そのものの言葉のようでもあった。西野もまたそれだけこの作品に自分自身を捧げていたのだ。
スタッフ、キャストが一丸となり、映画『少年と犬』は完成した。
「地味かもしれない。でも、こういう映画があってほしいし、なきゃいけないとも思っています」
スタッフ、キャストが一丸となり、映画『少年と犬』は完成した。
「地味かもしれない。でも、こういう映画があってほしいし、なきゃいけないとも思っています」